東京高等裁判所 平成元年(ネ)2947号 判決 1990年1月25日
控訴人 海老根保久
被控訴人 安藤毅
右訴訟代理人弁護士 菅谷幸男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(一) 原判決及び東京地方裁判所が同裁判所平成元年(手ワ)第二四二号小切手金請求事件について同年六月一日に言い渡した小切手判決を取り消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審及び右小切手判決の分とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 控訴人は、次のとおり記載のある持参人払式小切手(以下「本件小切手」という。)を、拒絶証書作成義務を免除して振り出した。
金額 一三〇万円
支払人 株式会社東京相互銀行八重州支店
支払地及び振出地 東京都中央区
振出日 昭和六三年一二月一九日
(二) 被控訴人は、同月二〇日本件小切手を支払人に呈示(以下「本件呈示」という。)した。
(三) 被控訴人は、現在本件小切手を所持している。
よって、被控訴人は、控訴人に対し、右小切手金一三〇万円及びこれに対する呈示日の後の日である平成元年一月一九日から支払ずみまで小切手法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
2 請求原因に対する認否及び控訴人の主張
(一) 請求原因事実は認める。
(二) 被控訴人は本件小切手について本件呈示後依頼返却を受けているところ、本件小切手は控訴人が被控訴人に直接交付したものではなく、控訴人が被控訴人に依頼返却を求めたこともないのに被控訴人の意思により依頼返却がされ、呈示が取り消されたのであるから、呈示がなかったものというべきである。
3 控訴人の主張に対する被控訴人の認否
被控訴人が本件小切手について本件呈示後依頼返却を受けたことは認め、その余は争う。
理由
一 請求原因事実については当事者間に争いがない。
二 そして、被控訴人が本件小切手について本件呈示後依頼返却を受けたことは当事者間に争いがない。ところで、依頼返却は、持出銀行が、いったん交換に持ち出し呈示の効果の発生した手形・小切手について、受入銀行に依頼してその返還を受ける取扱をいい、これを利用する事情としては、別途支払ずみ、取引停止処分を免れさせるため等種々の場合が想定されるので、依頼返却を受けたことから、当然に委任者において持出銀行を通じて呈示を撤回する意思を表示したものと推認することはできない。したがって、依頼返却により呈示が撤回されたことを主張する者は、単に依頼返却のされた事実を主張立証するだけでは足りず、呈示の撤回にあたる具体的事実の主張立証を要するものというべきである。これを本件についてみるに、控訴人は、呈示の撤回を肯認するに足りる事実について主張立証をしない(なお、控訴人は、本件小切手は控訴人が被控訴人に直接交付したものではなく、控訴人が被控訴人に依頼返却を求めたこともない旨主張するが、仮に右事実が認められたとしても、そのことから直ちに被控訴人において呈示を撤回する意思を表示したものと推認することのできないことは明らかである。)から、被控訴人による本件呈示の効果は、依頼返却後も有効に存続したものということができる。
三 以上によれば、被控訴人の本件請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、本訴控訴を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 河合治夫)